緑化協力35年の来し方と行く末 by 高見邦雄(GEN副代表)

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 黄土高原における緑の地球ネットワークの緑化協力は、巨大な成果をあげました。中国でも国際協力の貴重な成功例と評され、なんどもメディアに取り上げられました。その成果をしっかり確認し、今後の活動にいかす必要があります。
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 緑の地球ネットワークは1992年から35年にわたって中国の黄土高原で緑化協力を続けてきました。最初の25年間は山西省大同市で、その後の10年間は河北省張家口市蔚県で積み重ねました。地元の人たちと共働による植林は1900万本、6000haにもなりました。これは東京の山手線の内側の面積に匹敵し、大阪環状線のそれの2面分になります。
 
 ただ植えてきただけではありません。日本の専門家と地元のベテラン技術者が共同で実践と実験を繰り返し、育苗や栽植の技術改善を実現し、それを全市の緑化事業に広げてきました。
 
 私たちが成功させたプロジェクトの周囲に、中国政府の実施する1千ha規模のプロジェクトが広がり、森林公園になったところがいくつもあります。呼び水の作用を立派に果たしたと言えるでしょう。
 
 2025年8月、コロナ禍の中断をはさんで、6年ぶりにスタディツアーを派遣しました。驚いたのは、北京-蔚県、蔚県-大同の車窓からの景色が濃い緑に包まれていたことです。35年前と同じところとは信じられないくらいで、新しく植える場所をみつけることができません。

 大同の農村に「高山高」という民謡があり、その一節に「靠着山呀,没柴焼.十箇年頭,九年旱一年澇…」(山は近くにあるけれど、煮炊きに使う柴はなし。十の年を重ねれば、九年はひでりで一年は大水…)とあります。山に木はなく、草もまばらで、そのとおりの光景が広がっていたのです。

 初期には失敗したり、困難にぶつかることがよくありました。そのたびに中国側カウンターパートと真剣な議論を繰り返し、認識の共有をはかってきました。あの過程がなかったら、相互の理解と信頼は得られなかったでしょう。
 
 忘れてならないのは、中国における全国的な情勢の変化があったことです。1998年、南から北まで豪雨に見舞われ、長江、嫩江、松花江など南から北まで主だった河川が氾濫しました。被害は29の省(市、自治区)に及び、水に浸かった土地は21.2万㎢(日本の国土の57%)にもなりました。
 
 翌1999年の年頭、中国政府は全国生態環境建設計画を発布し、その柱に植林緑化をあげました。その効果は農村の末端にまで及び、私たちの協力事業も新たな活力を得たのです。洪水はよくないことですが、それへの対処によっていいことへと転じました。黄土高原をはじめ全国で緑化が進み、風景が一変したのもこのことと切り離して考えることはできません。
 
 中国では最近、黄河の水がきれいになったことが繰り返し報道されているようです。黄土高原の水土流失が減少したことによるものです。「百年河清を俟つ」とは黄河の水が澄んでくることを指し、ありえないこととされていたのが、実現するかもしれないのです。
 
 6月13日(土)13時30分から15時30分まで、第32回総会に先立って記念シンポジウムを開催し、この35年にわたって私たちが実現してきたことを振り返り、これからの活動について考えます。
 
 緑の地球ネットワークは、成立の当初には想像もできなかった事業を成功させてきたと思います。その成果を振り返り、これからの方向について考えていきます。会場とオンラインを併用して開催しますので、多くのみなさんの参加をお願いいたします。
 
追記)おかげさまでシンポジウムは52名の参加をいただき無事終了いたしました。

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