人口爆発
地球上の人口が増えるのを「人口増加」といわずに「人口爆発」といいだしたのは、もう40年も前のこと、このころから「地球は飢える」といわれはじめた。(『飢える地球』〔玉井虎雄著/日本経済新聞社/1969年〕による。)この頃から私たちも、地球の生産力、収量一定の法則、なども熱心に勉強した。増加を爆発といいだした根拠は次の表と図である。農耕を覚えてからの人口増加は倍の倍の倍と、まさに爆発である。増加のカーブは斜めから垂直になった。「人口が2倍になる年数」が10年や20年ともなると爆発とでもいうより仕方がない。一方で日本はどうだろう。明治維新まで3,000万人だったのが、1950年で7,000万人、現在約12,800万人。4倍に増えている。

人口密度
敗戦までの日本は、領土を拡大しつづけて「われら一億火の玉だ」と意気込んでいた。その頃の京都ではいたるところに「貸家札」のぶら下がった「空き家」があった。頭金も必要でなく、家賃もきわめて安く、住環境は極めて良好だった。現在「衣・食・住」のうち「衣・食」は改善されたが「住」は戦前よりもはるかに悪くなった。それは敗戦によって日本人が広い領土から狭い四島に圧縮されたこと、家族主義から核家族へと変わったこと、などがその理由である。動・植物はその生活密度が高まると競争が激しくなる。人間といえどもそれは避けがたいことのようである。競争が激しくなるとルール違反をするヤカラが増える。最近の日本はまさにその様相を呈している。

人口調節は不可能なのか?
もう20年も前になるだろうか、「人間生存に関する研究」と題して日本中の大学の研究者が集まった文部省補助の研究グループがあった。その研究発表の席で、しごく活発に討論されていたが、「人口問題」にさしかかると誰も質問しなくなってしまった。これを解決できる方法がないが故にみな黙りこんでしまったのである。しかし、これを捨てておいてよいものであろうか?
人口が増えすぎてよいことはひとつもない。世間一般の人びともまたなぜ人口問題に関心を示さないのであろうか? 戦争反対を唱えながら、人間が増え続けることに関心を示さないのは大きな矛盾である。地球の面積が増えないのに人口が増えれば密度が上がり、いさかいが起こる。そして戦争という殺し合いが始まる。人類発生以来その繰り返しである。日本は人口が減りはじめたと喜んでいる楽天家がいる。少しも減っていないのに。生む数が減っても死ぬ人が遅れて(長生きして)くれば人口は増える。少子化問題担当の大臣は、人口を減らそうとしているのか、増やそうとしているのかどちらなんでしょうね?
(『緑の地球』123号 2008年9月掲載)







