私の環境研究ことはじめ#10 植生から読み解く自然と人とのつながり(インターン生 佐保田えれな)1/2

 インターン生によるインタビュー、「私の環境研究ことはじめ」。第10回は武田義明さんにお話をお伺いします。
 武田さんは、神戸大学で教鞭をとられ、現在は吹田市・紫金山公園で活動する紫金山みどりの会や神戸市・東お多福山で活動する東お多福山草原保全・再生研究会の代表として、里山保全活動に尽力されています。

目次

学生時代の学びから里山保全活動へ

-大学生のころは、何について研究されていましたか?
 大学生のころは、畜産学、特に牛や馬の餌(家畜飼養)の研究をしており、特に野生の植物を使った栄養の評価や生態についての研究を行っていました。その頃に国際生物学事業計画(IBP:International Biological Program)という世界の植物の生産量をはかるという事業があり、私の先生がそれに参加し、ススキ草原の生産量や栄養価を測定していたことで植物に興味を持つようになり、植生研究の道に進みました。

-植生学のどのような部分に魅力を感じましたか
 
植生とは植物群落のことですが、植物群落は多様な植物から構成されており、タイプも様々です。一種類で植物群落を形成していることもありますが、たいていは数種類の植物が一緒に生えて群落を形成しています。同じブナ林でも日本海側のブナ林と太平洋側のブナ林では、林内に生える植物の種類が異なるなど、同じ群落であっても環境によって一緒に生える植物が変化します。この植生の違いは気候環境の違いによって発生しますが、森林がある地域の環境に適応した植物が林内に侵入するのです。このように、植物群落の中身を調べることでその環境を知ることができます。植物群落の変化の様子も興味深いです。日本の場合、気候的に見るとほぼすべての地域で林は森林に変化していきますが、人間の手によって草原などの多様な植生に変化することもあります。どのように種類組成が変化し、植生が移り変わっていくのか調べていました。

-研究されるなかで、最も面白いと感じた植物群落について教えてください
 私は主に、アカマツ林と落葉広葉樹林(夏緑樹林)、特に北海道のミズナラ林や太平洋側のブナ林を研究していました。北海道は渡島半島までしかブナが自生せず、それ以北にはミズナラの林が広がります。同じミズナラの林でも雪の多い地域と少ない地域では林内の種類組成が異なり、北海道の森林はすべて同じように見えますが、詳しく調べると地域によって違いが出てくるところが面白いと感じました。

-植物群落の研究が里山保全活動にどのようにつながっていきましたか
 里山というのは、人間が手を入れて作ってきた林のことで、吹田市では里山を放っておくとシイやカシが優占する照葉樹林になりますが、人間が伐採することで、今はコナラ林やアカマツ林になっています。この里山について調べていくと、植物や昆虫の種類が豊富で生物が豊かな林であることが分かりました。昔から様々な手が入ることで豊かな生物相が作られていた里山ですが、今は手を加えられなくなったがゆえに徐々に生物が少なくなっています。生き物にとって良い生息環境を維持するために里山保全活動を始めました。

里山保全活動について

-里山保全活動を行われている紫金山公園は元々どのような植生でしたか
 昔の里山では燃料として柴や炭の利用が盛んだったので、人口が増えてくると木の再生が追いつかなくなり、やがてはげ山のようになったのですが、昔の紫金山公園もそれに近い林でした。そのような日当たりがよく、痩せた土地でよく育つのがコバノミツバツツジです。戦後の燃料革命以降、木材需要が減ったため、林が大きくなり常緑樹も増えたのですが、それによって林内が暗くなりコバノミツバツツジの花がうまく咲かなくなりました。コバノミツバツツジや他の種を保全するために常緑樹を切って林を明るくしています。

紫金山公園のコバノミツバツツジ

-公園内の全ての場所で活動を行われているのですか
 公園内の森の部分だけで7haから8haあることに加え、木がかなり大きくなっているので素人だけですべて管理するのは難しい状況です。そのため、北側半分くらいの森林には手を加えていません。手を加えている部分と加えていない部分では林内の構造や種類組成がかなり異なります。里山は日当たりが良く、そのような環境下で育つ植物が林内に入ってきやすくなるため、種数が増えています。原生林のようになると生物相も豊かになるのですが、いったん失われてしまった林は後から再生しても元の原生林には戻ってきません。特に紫金山公園は周辺の緑地から離れているので、種が飛んでくることもあまりなく、新しい種類の植物が入ってきにくいです。今ある種類をできるだけ維持するために、下草を刈ったり常緑樹を適当に伐採したりする活動をおこなっています。

-東お多福山での活動について教えてください
 東お多福山は昭和40年代まで82haの広大なススキ草原でしたが、放置により森林化が進み、2010年には9haまで縮小しました。ここに侵入したのがネザサです。草原が広かった時代にはふもとの芦屋ゴルフ場近くまで草原が続いていたため、様々な場所から草原生の種が飛来し侵入したと考えられます。このネザサが人の背丈を超えるほど密生し、景観が遮られ、オミナエシやキキョウなどの草原性植物もほとんど消失しました。この状況を改善するため、東お多福山草原保全・再生研究会が発足し、毎年30〜60名が参加してネザサの刈り取りを行っています。しかし、人手不足により刈り取りできるのは3haほどで、広い草原全体を管理することは困難です。年2回のモニタリング調査も実施し、回復状況を確認するなど継続的な作業を行っています。ネザサは少し放置するとすぐ密生し、他の植物が入りにくい状態になってしまうため、豊かなススキ草原への回復にはまだまだ時間がかかる見込みです。

-活動を始めたころと比較して、草原はどれくらい回復していますか
 刈り取り直後は草原性植物の種類数が2倍ほどに増えましたが、その後は大きな増加は見られていません。周囲の草原も森林化しており、草原性植物の種が供給されにくいことが回復を遅らせていると考えられます。自然回復には数十年規模の時間が必要で、本来は火入れが有効ですが、国立公園であることや消防車の進入が困難なこと、住宅地の存在から実施は難しい状況です。

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